第42週
医者、用水路を拓く アフガンの大地から世界の虚構に挑むの表紙

ノンフィクション・人生論

医者、用水路を拓く アフガンの大地から世界の虚構に挑む

中村哲

石風社

この一冊で何が変わるか

「自分の仕事は、誰の何の役に立っているのか」という問いが胸に残る。立派な理念よりも、目の前の一人のために手を動かすことの尊さに気づき、働くことの原点に立ち返らせてくれる。

百の診療所より、一本の用水路を。

一人の日本人医師が、白衣を脱ぎ、聴診器をショベルカーのレバーに持ち替えた。中村哲さん。パキスタンとアフガニスタンで、1984年から難民やハンセン病患者の治療に尽くしてきた医者である。その彼が、なぜ土木工事を始めたのか。

答えは、大干ばつだった。アフガニスタンを襲った歴史的な旱魃で、人々は水を失い、農地は砂漠と化し、子どもたちは汚れた水で命を落としていく。病気を治しても、帰る村に水と食べ物がなければ意味がない。「病気の背後には、もっと大きな問題がある」——そう悟った中村さんは、医者でありながら、重機を操り、井戸を掘り、ついには全長13キロの用水路を自らの手で拓いていく。

この本のすごみは、きれいごとが一切ないことだ。濁流に何度も壊される堰、資金難、銃声の響く現場。それでも彼は、現地の人々とともに、石を積み、水路を掘り続ける。やがて砂漠だった大地に、緑の畑がよみがえる。約65万人の命を潤したその水は、言葉よりもはるかに雄弁に、「人のために生きる」とは何かを語っている。

中村さんは2019年、アフガニスタンで凶弾に倒れた。だからこそ、この本に記された行動と思想は、いま一層の重みをもって胸に迫る。援助とは何か。本当に必要なものは何か。遠い国の話ではない。自分は何のために働くのか——そう静かに問い直させる一冊だ。

週に一冊。それだけでいい。今週は、一人の医者が砂漠に水を引いた記録を。

一覧に戻る

次の一冊も、毎週土曜日に届けます

メールアドレスを登録するだけ。無料。広告なし。いつでも解除できます。