エッセイ・人生論
孤独のすすめ 人生後半の生き方
中央公論新社(中公新書ラクレ)
この一冊で何が変わるか
「まだ若くいなければ」という焦りが、少しほどける。年齢を重ねることを損失ではなく季節の移り変わりとして受け止め、ひとりの時間を怖がらずに過ごせるようになる。
諦めるとは、明らかに究めること。目をそらさず、ありのままを見ることだ。
人生には四つの季節がある、と五木寛之は言う。青春、朱夏、白秋、玄冬。春に芽吹き、夏に働き、秋に色づき、冬に静まる。玄冬にさしかかった人が青春のように生きようとするから、しんどくなる。
日本人は登ることばかり教わってきた。もっと成長しろ、前を向け、若くあれ。けれど山は、下りるほうが難しい。足元は見えにくく、膝には体重がかかる。この本が説くのは、その下り方だ。
五木寛之は「諦めよ」と書く。冷たく響くが、諦めるという言葉のもとの意味は「明らかに究める」ことだという。ごまかさず、自分の現在地をはっきり見る。そこからしか、後半の生き方は始まらない。
孤独についても、五木寛之は恐れるなと書く。ひとりの時間に寄り添ってくれるものとして、彼が挙げるのが本だ。読書とは、著者と一対一で向き合う対話である。体が動かなくなっても、古今東西の誰とでも話ができる。孤独な時間に、これほど心強い友はない。
週読が毎週一冊を届けている理由も、たぶんそこにある。人生の後半を静かに歩くための、日本人による一冊。
週に一冊。それだけでいい。今週は、山の下り方を教わる一冊を。