ノンフィクション・人生論
急に具合が悪くなる
晶文社
この一冊で何が変わるか
「間違えない選択」を探して未来を狭めていた生き方が、少しほどける。人生は予測して当てるものではなく、誰かと出会いながら編んでいくものだと気づき、不確かさを怖がりすぎずに済むようになる。
未来にはいつだって「死」がある。それなのに、病を得たとたん、その未来だけから今を照らそうとしてしまう。
これは、20通の手紙でできた本だ。書き手は二人。哲学者の宮野真生子さんと、人類学者の磯野真穂さん。往復書簡が始まったのは、宮野さんの乳がんが再発し、骨に転移していると分かったあとだった。
「急に具合が悪くなるかもしれない」。そういう身体を抱えた哲学者が、残された時間で何を考えるのか。宮野さんは自分の死を、抽象的な問いにしない。なぜ自分がこの病気になったのか。人生は選べるのか、それとも決まっているのか——「偶然と運命」という難問に、自分の命を賭けて挑んでいく。
受け取る磯野さんも、慰めや励ましに逃げない。「お大事に」という言葉が、いかに人を遠ざけるか。学者として、そして一人の友人として、正面から言葉を返す。手紙が重なるほど、二人の距離が変わっていく。その様子が、スリリングで、少し怖くて、たまらなく愛おしい。
読み終えて胸を打たれるのは、この往復書簡の途中で、宮野さんが本当に亡くなっていることだ。フィクションでは決して作れない緊張感が、全編に流れている。重いテーマなのに、二人の知性がぶつかり合う面白さで、ページを繰る手が止まらない。2026年には濱口竜介監督が映画化し、カンヌで女優賞を受けた——いま静かに読み継がれている一冊だ。
週に一冊。それだけでいい。今週は、生きることの手ざわりを確かめる一冊を。