小説・文学
ライ麦畑でつかまえて
白水社
この一冊で何が変わるか
「まあ、そういうものだ」と流してきた日々の"妥協"が、一度だけ違って見える。自分がどこで折り合いをつけ、何を諦めたのかを、静かに問い直すきっかけになる。
崖から落ちそうな子どもを、駆け寄って捕まえる。ホールデンが本当になりたかったのは、それだけだった。
高校を追い出された16歳のホールデンが、ニューヨークの街を三日間さまよう。ただそれだけの話だ。派手な事件は起きない。
なのに、なぜこの小説が半世紀以上も読み継がれるのか。たぶん、彼の目に映る世界が「インチキ」で満ちているからだ。大人のもったいぶった態度、見栄、上っ面のやりとり。ホールデンはそのすべてに我慢がならない。読んでいる自分もまた、その「インチキ」の側にいることに気づかされる——そこがこの本の、少し痛いところだ。
10代で読んだ人も多いだろう。でも、この小説がほんとうに効いてくるのは、働き始めてからかもしれない。妥協を覚え、「まあ、そういうものだ」と折り合いをつけて生きるようになった大人が読み返すと、ホールデンの潔癖さは、うるさくて、まぶしい。
タイトルの「つかまえて」は、彼のささやかな願いから来ている。ライ麦畑で遊ぶ子どもが崖から落ちそうになったら、駆け寄って捕まえる——そんな役割につきたい、と彼は言う。不器用でまっすぐな、誰かを守りたいという願い。それだけは、インチキじゃない。
週に一冊。今週は、あの頃の自分に会いにいく一冊を。