かつて日本のワイン造りは、世界の常識から大きく外れていた。ワイン用ではない生食用のぶどうを使い、海外から輸入した果汁で造ることも珍しくなかった。「日本で本物のワインなんて無理だ」——それが当たり前の空気だった時代の話である。
その常識に、たった一言で火をつけた人物がいる。醸造家・麻井宇介(あさい・うすけ)。彼は若者たちにこう言った。「海外に負けないワインを、君たちが造りなさい」。その言葉に人生を賭けた三人の若者——岡本英史、城戸亜紀人、曽我彰彦。彼らは自らを「ウスケボーイズ」と名乗り、無謀とされたワイン用ぶどうの栽培から醸造までを、一貫して手がけ始める。
道は、想像を絶して険しい。畑は病気に襲われ、天候に裏切られ、収入は乏しい。それでも彼らは、まるで修道士のように畑と向き合い続ける。この本の胸を打つところは、成功譚として描かれていないことだ。迷い、挫折し、それでも諦めきれずに土に還っていく——その不器用な姿そのものが、読む者の心を掴んで離さない。
これはワインの本であると同時に、「本物を、この土地で造る」ことに人生を捧げた男たちの物語だ。何かに打ち込んで生きるとはどういうことか。その熱が、ページから静かに伝わってくる。読み終える頃には、一杯のワインの向こうに、造り手の途方もない情熱が見えるようになっている。
週に一冊。それだけでいい。今週は、一本のワインに人生を賭けた男たちの一冊を。